”自分を持ちたいなら、サバになれ!”

”いろいろな魚が泳いでいるところでも、周りを気にせず、常にサバサバしているだろ? サバは「自分」を持っている。” by 松岡修造カレンダー

こんなコメントを真顔で言えてしまう松岡修造さんを僕は尊敬する。

こんばんは、masakuroyです。

今日、僕は手抜きをしようと思う。

手抜きは悪いことではない。

僕はアニメ「エヴェンゲリオン」が好きで、95年くらいのTV放映の当時からリアルタイムで見ていたが、エヴァも作画が追いつかず、たまに「前回までの5〜6話の放送」を編集してナレーションだけ変わっている回とかがあって「おろっ?」と思ったものだが、大人になった今はわかる。

時間がなかったのだ。 それは詮無き事である。

最終話が近づくにつれ精神世界の話でひたすら静止画が流れ続けるような絵面になって、「なんだよエヴェ出てこないじゃんかよーもう使徒出てこないの? つまんないのー」と小学生だった僕は思っていたがそれはしょうがない。

納期と予算がなかったのだ。 作画とシナリオが間に合わなかったのだ。 しょうがないではないか。

そんなわけで今日は大学生当時「mixi」に投稿していた日記を掲載しようと思う。

10年近く前、自分はこんなことを考えていたのだと思うと感慨深くなる。日記というのは大事なんだね。

 

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2007年5月25日投稿 「ラーメン次郎目黒店」

今日、練習が終わった後、僕はふとした衝動に駆られた。

「二郎が食べたい。」

唐突に湧き上がった気持ちを抱えていたのは僕だけではなかった。

結局●山さん、村×、TK2(誰?)でめぐじろうを食いに行く事になった。

村×とTK2はバイクで向かったが、●山さんと僕はめぐじろうに歩いていかなくてはならなかった。

●山さんは二郎を食べたいという衝動を抑えきれずに発作を起こしていた。 もう目が完全に大ダブルになっていた。

「二郎を食わずんば人にあらず」「俺らは二郎のために歩いている」「もう俺達には二郎しか見えない」
はやる気持ちを抑えつつ足早に目黒通りを駆け抜けていく。
二郎への道は果てしないものに感じられた。

そして目黒通りと山手通りが交わるところ、二郎が目前と迫った。 しかし、ふと、見ると遠くの方で道が人で覆われていた。

そう、その人達は夜の九時に二郎を食おうと並んでいたジロリアンだった。 やっとの思いで着いたのに、ここに来てすぐ食べたくても食えない、もどかしい思いに駆られた。

そう、二郎に並んでいる人は目が必死。浮ついた気持ちの中にもかすかな緊張が漂い、路上は熱気に包まれていた。

時計の針は刻々と時を刻んでいき、永遠にも等しい40分を乗り越え、ようやく席に着く機会を得た。

僕らは大豚を頼んだ。 にんにく野菜ましましで頼んだが
出てきた二郎はあんまりボリュームがあるようには感じられなかった。

しかしその味は紛れもなくめぐじろうだった。あと独特の多すぎる背脂とコシがありすぎる麺は順調にペースを遅らせていった。

ちなみに半分くらい食べたところで●山さんは信じられない速さで完食していた。

健康的に完食できたものの、にんにくのにおいはいつまでも口中に漂い続けたし、一抹の物足りなさを感じた事も確かだった。

今夜はめぐじろうが持つ独特のムラを読み取れなかったことが失態だった。もしかしたら大ダブルもいけたかもしれない。

それでも衝動を満たすには十分だったし、久しぶりに食べためぐじろうにどこか満たされた感があった。

今度近いうちに関内の二郎にも行ってみよう。二郎でも一二を誇るチャーシューを食べに。

そうだ、今度はめっきり会話の少なくなった家内も二郎に誘ってみよう。 在りし日の学生時代のときめきが取り戻せるかもしれない。

そうだ、京都に行こう。

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なんだこのオチは。

斜め上すぎるぞ、大学生のおれ!

この頃からどうやら僕は脳を冒されていたらしい。

 

あと、大学のサークルを引退したときの日記もあった。

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2007年11月21日投稿 「四年間」

先週の日曜に引退して3日ほど経った。

自分の大学生活の中心だったAAA(サークル)の活動が終わり、生活に張りがなくなってなんとなく怠惰な日々を過ごしています。

たまにふとした瞬間に自分が引退した事を実感することがあり、たまにダルいときもありながら当たり前のようにタッチフットをしていた光景を思い出して、もう■■(場所)で練習する事はないんだと思い、そのたびになんかすごくさびしい気持ちに襲われます。

いままで打ち込んでいたことがなくなり、心のどっかが空っぽになるという状態、そう、これがまさしくアイデンティティ・クライシスです。

今の僕にはミクシィにコメント書き込むか、AAA裏掲示板に匿名でぶっこむくらいしかできません。

高校で引退した時はぶっちゃけ言って「やった~明日からラグビーしなくて済むぜ~ヒャッホ~」と心の中でひそかに思っていましたが、今は本当に引退して自分達の代が終わってしまった、自分の青春の一時代が幕を下ろしてしまった事へのショックを隠しきれません。

思えば僕は△△さんやBBさんに誘われAAAに入りましたが、心のどこかで熱くなることができず、また大学生活どう過ごせばいいのか難しく考えすぎていたこともあり、一年の春シーズンが終わった段階でやめてしまいました。

某村●君は、その当時のことを「同期がどんどん辞めていってほんとに欝だった」と後に語っています。

夏休みの深夜、急に当時の監督から携帯に電話がかかってきて、これは戻ってこいと説得されるに違いないと思い、電話に出ると予想外のことを言われました。

「こちらmasakuroyくんの携帯ですか?masakuroyくんいますか?」

そう言われ面食らった僕はとっさに

「いま、いません」と答えてしまいました。

すると監督も「わかりました、失礼します」と言って電話を切りました。

いま振り返るとちゃんと話していればこの時点でAAAに戻っていたかもしれないと思い悔やまれます。

結局僕は2年の4.29にチームに戻りましたが、辞めずに続けていればもっと皆と濃密な時間を過ごせたと思い、後悔しました。

三井風に言えば「くそ・・・なんで俺はあんな無駄な時間を・・」って感じです。

それからずっとAAAの一員として大学生活を過ごしてきて、色んな人と出会い、色んな思い出ができ、思い切りラグビーして本当に充実したキャンパスライフが送れたと思います。

ずっと思ってたんですが、ラグビーって激しいスポーツを全力で思いっきりできるのって若い今しかないと思うんですよね。年とったらキツイし仕事とかあって思い切りできないと思うし。

だからある意味時間も限られてると思うんで下の人達には精一杯頑張ってほしいです。特に初心者の人は今まで頑張って続けてきて、二年目からはたぶん面白いくらい飛躍的に成長するんで頑張ればもっと楽しくなると思います。実は僕は結構妥協しやすい性質で、練習中もたまに折れそうになっていたことがあるんですが、一年生のひたむきさ、真摯な姿勢にかなり励まされてきました。

あと高校時代には想像もできなかったマネージャーさん達の存在・貢献はほんとに大きかったし、くそむさくるしい殺伐とした雰囲気に花を添えてくれました。

またそれと同時に飲み屋のブラックリストに載るような激しい飲み会を今後も続けていってほしいと思います。

来年も活きのいい一年生をたくさん入れて、楽しく強い代を作っていってください。

AAAで得た仲間、経験は本当に僕の財産です。戻ってきて本当に良かったと思います。

試合があったら見に行くし、僕ももしかしたら会社のチームとかでラグビーやるかもしれません。

有難う!さようなら!AAA!!

P.S.今一番怖いことは、留年です。

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うわー。

コレ読むといろいろ思い出してせつないわー。

若かったなぁ。おれ。

あと監督からの電話に携帯で出てるのに「いま、いません。」って言ったなぁおれ。

携帯電話であんなこと言ったの、あとにも先にもあれ一回だよ多分。

いやー懐かしかった。 そろそろ寝ます。

ではおやすみなさい!

Fin.