新時代の代弁者・ディアハンター

今日は僕が敬愛してやまない、Deerhunterというバンドを紹介したい。

僕がインディーロックを好きなのは、もし女子に

「どんな音楽聴くの?」

と聞かれた時に

「インディーロック」と答えることで、

「インディーロックが好きなんてなんかオシャレだわ アート感でてるし この人好き!」

という展開を狙っているからだが、インディーロックはそのメロディやリズムパターンが独特で、面白いという事もあるのだが何よりも「歌詞」が圧倒的に一般的な洋楽・邦楽と異なっている点が面白いのだ。

大体の一般的な邦楽・洋楽の歌詞のテーマは「私」と「あなた」、「I」と「You」の関係性である。

「あなたの事が好き」
「君を愛してる」
「君と一緒にいたい」
「I love you」
「I make you mine」
「You are my everything」

これに対してインディーロックの歌詞テーマは多様性に富んでいる。

とくにDeerhunterの歌詞は圧倒的に変わっている。

Deerhunter/It Never Stops

i had dreams
that frightened me awake
i happened to escape
but my escape

would never come
would never come
would never come
would never come

(和訳:僕は怖い夢を見て飛び起きた 僕は逃げ出そうとした でも僕が逃げ出す機会は訪れなかった 訪れなかった 訪れなかった)

この圧倒的な一人感すごい。自分以外誰も出てこない。 基本「I」で簡潔しており徹底的に自分に向き合っている。 てか怖い夢見て起きたって子供か。 しかもめっちゃ歌詞後ろ向き。暗い。

Deerhunterの最大の魅力は、緻密にエフェクトされたギターが生み出すサイケデリック・ノイズの陶酔とこの救いようがない暗く孤独な歌詞世界なのだ。

Deerhunter/ Strange Lights

What direction should we choose?
We’re lost and still confused
I walk into the sun
With you, the only one

Who understood the ways
The hours become days
The weeks turn into months
We walk into the sun

So glad to have a guide
Less lonely for the ride
And should this car ascend
At least I’m with a friend

In space all things are slow
No sound with speakers blown
The silence fits the scene
The prince is now the king

We walk into the sun
We walk but cannot run
Because walking’s half the fun
We walk into the sun

(和訳:僕たちどこに行けばいいの? 迷ってるしまだ混乱してる 太陽に向かって歩いていく 君と一緒に ひとりだけど / 誰が道を知ってるの? 一日は時間で構成される 一週間は一ヶ月になる 僕たちは太陽に向かって歩いていく / ガイドがいてくれてうれしいよ 道中もさみしくないしね この車上げてかないとね(?) 少なくとも僕は友達がいる / この空間では全てのものがスローだ スピーカーはぶっとんでるから音も聞こえない この場面には静寂がよく似合うね 王子様はいまや王様になっちゃった /僕たちは太陽に向かって歩いていく 走れないから歩いていくわ 歩いていくのちょっと楽しいし 僕たちは太陽に向かって歩いていく)

ようやく「I」以外が出てきました。 友達も出てきたみたいで安心した。やっぱり一人は寂しいんだね! でも歌詞意味分かんないよね? これ説明ないと絶対わかんないよ! テーマが何なのか全然わからないけど道に迷ったりしてるから、就活生へのエールとして送りたい歌でもあるね。 しかし安易に恋とか愛とか君とか出てこないところがいいよね。なんとなく絶望感がありますよね。あとやっぱり暗い。

Deerhunter/ Nothing Ever Happened

Only when I dream but there’s no way out
You learn to talk, you learn to shout
Focus on the depth that was never there
Eliminate what you can’t repair

Nothing ever happened to me
Nothing ever happened to me
Nothing ever happened to me
Life just passed and flashed right through me

Sleep through the winter, awake in spring
Adjust your eyes to the state of things
Focus on the depth that was never there
Nothing’s easy, nothing’s fair

Nothing ever happened to me
Nothing ever happened to me
Nothing ever happened to me
Life just passed and flashed right through me

(和訳(自信ない):僕が出口のない夢を見ているときだけ、君は話すことを覚え、叫ぶことを学ぶ
/深さを調べてみようよ そこにはないけどね 修理できないものは捨てちゃいなよ /僕には何も起こらない 僕には何も起こらない 僕には何も起こらない 人生はただ瞬いている間に過ぎ去るだけ/
冬眠してて、春に起きた 物事の本質をしっかりとらえて 深さを調べてみようよ そこにはないけどね
簡単なものなんてない、フェアじゃないことも多いよ/ 僕にはこれまで何も起こらない 僕にはこれまで何も起こってないよ 僕にはこれまで何も起こったことなんてないよ 人生はただ瞬いている間に過ぎ去るだけ)

出ました! 真打ち登場です! しかしよく夢見るなこの人・・・基本寝てるんだね。「そこにないものの深さを調べる」とかピタゴラスイッチでも困難だろ! てか言ってること意味わかんないし面倒くさいわ! そして来ました。サビです。

「僕には何も起こらない×3 人生はただ瞬いている間に過ぎ去るだけ」

これだよ! よく女子高生が恋愛ソング聞いて「この歌詞ちょー共感できるーヤバイ」とか言ってるけど全然やばくないよ!この歌詞のほうが一千万倍共感できるよ!! 僕が今までずっと思ってたことをこの歌詞は代弁してくれたよ!! 全てのコミュ障&ぼっちの心の隙間を埋めてくれたよ! 尾崎豊は「10代の代弁者」と言われていたけどDeerhunterは「コミュ障&ぼっちの代弁者」だわ!

Deerhunterの魅力、少しでもわかっていただければ幸いである。 歌詞もすごいけどそのメロディセンスも素晴らしいのです。みんなDeerhunter好きになってもっと語り合いましょうよ! 日本だと知名度なさすぎなんだよ!アメリカではインディーロック界の最重要バンドと言われているのに! 

そのうち教祖様・Radioheadの魅力についてブログを書きたいところだが(ちなみに私はRadiohead教の信者である)書き始めると軽く3万字を超えて「文芸春秋」とかに掲載してもらわなくてはいけないレベルになるので、折を見て書きたいと思っている。 

 
 

 

カッコーの巣の上で

僕は幼い頃、演技に定評があった。

絵をひたすら書いたり、表現活動が旺盛だった僕は誰かに「なりきる」という事にも強い関心をしめしていた。

小学生のときゴジラの映画が大好きで、お爺ちゃんと映画館に見に行って外に出てくるともうまんまゴジラだった。 ひたすらギャオオーンと吠えまくり放射火炎をはいてはお爺ちゃんを焼く。そんな真似を何時間も繰り返す。 相当めんどくさいガキだっただろう。

小学一年生のときクラスの学芸会で「おたまじゃくしの101ちゃん」をやったのだが僕の役は「ザリガニの親分」だった。 その劇の悪役ラスボス的な役どころである。

「わ〜っはっはっは、今夜はカエルとオタマジャクシの親子丼だぁ〜っ わ〜っはっは!!」

僕はこの台詞を小学一年生とは思えないドスの効いたダミ声で言い切ったのだ。

誰にも教わることなくデニーロ・アプローチを習得していた僕の演技は会場の度肝を抜いたらしく、わざわざ劇が終わってから一人だけ舞台の上に上げさせられ、校長先生に

「きみ、さっきのセリフをもう一回言ってくれんかね!」といわれたくらいだったのだ。

(本来はにかみ屋さんで生粋のシャイボーイであった当時の僕は演技のスイッチが切れると照れてしまい、結局セリフをいえなかった)

その時から学校きっての演技派として鳴らしていた僕は、5年生の頃の学芸会で「おとぼけ村物語」の演技オーディションにのぞんだ。

「ごんざぶろう」という役があり、「さぁー今日こそお役人さんにはっきりさせてもらうだ!」というセリフをいう役なのだが、いかにも見た目が「ごんざぶろう」っぽいやつがいたのだ。

しかし、僕はセリフの臨場感と演技のうまさで「ごんざぶろう」役を勝ち取った。

「う〜ん、見た目がハマってる●田をとるか演技力のmasakuroyをとるか・・・悩ましいな〜」

蜷川幸雄ばりの演出へのこだわりを見せた担任先生の苦悶の表情が忘れられない。

そして6年生に上がる前の春休み、僕は引越すことになり、住んでいた町田から横浜に移り住んだ。

田舎っぽさが残る町田の郊外から都会の横浜に越してきた僕はカルチャーショックを受けた。

引越してきた当日に教室の前でいきなりケンカをはじめるやつはいるわ、クラスの半分以上が中学受験するわで、僕は軽く挫折感を覚えた。

「町田育ちの俺はこの横浜では通用しないのか・・・・クソッ! だけど俺には演技がある、演技だけは誰にも負けない!」

しかしそんな演技を披露する場は小学6年生では訪れなかった。

僕は中学校に進学し、共通の友達を介して知り合った家が近所のTと一緒に登校するようになった。

Tはそんな目立ちたがり屋ではなく、どちらかというと大人しい印象だった。

そんなTだが、なぜかあだ名は「ボス」だった。

こいつはそんなに権力を持っているのか?・・・僕は少しだけ戦慄を覚えた。

秋になり文化祭のシーズンがやってきた。

自分のクラスは何をやったか全く覚えていない。小学生のときは覚えているのに、中学生の時を覚えていないというのは、まあ大したことやってなかったからだろう。僕は隣のクラスが映画を撮影したというので見に行った。

そして映像が流れた瞬間僕は目を疑った。 なんとその映画に主演していたのは毎朝一緒に登校していたTだったのである。 しかもいじめを苦に自殺未遂をする中学生というなんとも難しい役どころだったのだ。 僕はその渾身の演技に目をうばわれた。

「負けた・・・・こいつの演技には勝てない・・・」

こうして演技をすっぱり諦めた僕は中3の文化祭では潔く裏方の大道具に回り、筋肉むきむきの彫刻の絵を書いていた。

この時、ちがうクラスだったTはまたしても劇の主役を努めていたのだ。

しかも今度はファンタジー色が強い劇で、ヒロインを抱きしめるという中学生にとっては恥ずかしく、難しいシーンも体当たりで見事に演じ切っていたのだ。

 

そうして時は流れ僕は大学に入学した。 色んなことにチャレンジしたいと思っていた僕は友達Sを連れて「未来のスターを探せ!原石発掘オーディション」的なものに行く事にした。

そこではNYへの転勤が決まり、彼女と痴話げんかをしたあげくNYに着いてきてくれと頼む男を演じる一幕をやった。

狩野英孝ばりのキザな感じで「俺と一緒にNYに来てくれないか?」という決め台詞を放ち、簡単な自己紹介だけしてオーディションは終了した。

その1週間後くらいに、「オーディションに合格した」という連絡が入ったのだ。

演技のレッスンを受けながらドラマ出演を目指すということだったが、受けたことだけで満足した僕はその合格を辞退して、いつものバイト生活に戻っていった。

しかしまた機会があれば、「ザリガニの親分」ばりの演技をやってみたいと密かに考えている。

Fin.

 

 

ビバ・ラ・レヴォリューション

※このブログには一部不適切と思われる記述があります。 不快な気分になられる方がおりましたら申し訳ございません。 小学生以下の児童の閲覧は推奨されません。

 

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前回のブログで僕はひとり上手(むしろひとりにならざるをえない)であるという話をしたが、学生時代にはひとり語学研修に行った。

大学に入った当初は高い意識を持っており、大学では英語を勉強しよう!と思っていた。

語学は少人数のディスカッションクラスをとっていたし、必修以外の授業もとったりしていた。

なぜかロシア語の授業をとるという迷走を見せたが我にかえり、期末テスト前に離脱した。

また中国語の必修以外の授業もとっていたがなんとそのクラスは2人しか履修していなかった。

僕ともうひとりは女の子だった。

広いクラスにふたりっきり、そんなこれ以上ないおいしいシチュエーションだったにもかかわらず僕はその子に一度も話しかけなかった。 本当に当時の自分の度を超したコミュ障(当時はこんな言葉はなかった)ぷりを呪った。

語学クラスは今思えばパラダイスだった。少人数だし打ち上げとかがあれば自然と女子とも仲良くなれるではないか!

しかしあろうことは僕は履修していた英語ディスカッションクラスの最終授業を終えた後、教授(アメリカ人)主催の打ち上げパーティに参加しなかったのだ。

理由は今もってしても不明である。バイトとか予定はなかったはずだが要はコミュ障だったのだ。

その後、大部屋の授業で同じディスカッションクラスをとってたやつ(打ち上げに行ったと思われる)がそのクラスで一番可愛かった女の子(当然打ち上げに行ったと思われる)と楽しそうに話してるのを見ておもわず歯がみしたものだ。

く、くそーーっ!! 俺も打ち上げさえ出てりゃあ・・・打ち上げさえ出てりゃあーーー!!

 

前置きが長くなったが、語学習得の意欲は高かったのと、学生時代しか出来ないことを積極的にやろう!と思っていたので春休み・夏休み等の長期休暇を利用して、せっせとバイトして貯めた金と奨学金(と親に借りた金)を使って1ヶ月ひとりで語学研修にいったのだ。

大学1年の春にカナダに1ヶ月行き、コツをつかんだ僕は大都会に行きたい!と思ったのとロック好きの影響からイギリス文化に興味を持っていたので、ロンドンに一ヶ月ホームステイして語学学校に通う事にしたのだ。

そのうちエージェンシーから来たホームステイ先の家族情報を見て僕は目を疑った。

名字がBuchananと書いてあった。

え・・・?これなんて読むの?何人? どこから来た人?

などと大変失礼な感想を持っていたのだが(僕も人のこと言えた名字じゃない)、調べてみると スコットランド起源の伝統的な名字だったので安心した。

このご家族はシングルマザーと娘と犬という家族構成だった。

カナダの時のホストファミリーが結構ビジネスライク(笑)でちょっと残念だった想いがあったのだが、このブキャナンさん家族は本当にあたたかくよくしてくれた。

母親アンヌさん(仮名)は面倒見のいい肝っ玉母さんという感じで、よく笑い話す人だった。元々はフランスの生まれで移住してきたらしかったが、もしかしたら名字だけは旦那さんの旧姓を使っていたのかもしれない。

そして娘エマ(仮名)ちゃんは15歳で中学3年生くらいだったけどとびきり可愛かったんだわ。もうこの世の奇跡かと思うくらいの美しさで早速惚れちゃいましてね。テイラー・スウィフトをもっと優しそうな顔にして若干幼さの残る感じでしたね。ひとつ屋根の下だよ。そりゃ惚れちゃうよね。(当時僕も20歳だったし、外人は大人っぽいから決してヤバくはなかった・・・はず。・・・何もしてませんよ!)

僕はおそらくいつも留学生が使っていると思われる一室をあてがわれた。

長旅で持ってきた荷物の荷解きをしている時にいきなりケータイ(当時僕はボーダフォンのPANTONEの真っ青な色のやつを使っていて、ドラえフォンと呼ばれていた。どうでもいいね)が鳴った。

それは同じサークルの友人Sからだった。

彼には海外に一ヶ月滞在することも伝えていたし、わざわざ国際電話でかけてくるなんてよっぽどの事があったのか?と思い僕はすぐに電話に出た。

「もしもし? いま俺ロンドンだよ! どうしたの?」

 

「おお・・・masakuroyか、・・・俺、・・留年したわww」

 

どうやら日本では進級発表の通知書が届いたらしかった。

その通知に「原級」と書いてあり意味がわからなかったSは調べてみた結果どうやら留年らしいという事を知ったようだった。

僕は彼を気の毒に思った。やり場のない思いをどこかにぶつけたかったのかもしれない。

ただ、ロンドンに降り立ちホストファミリーに挨拶をし、緊張のピークだった当時の僕にとってその情報はその時あまり重要ではなかった。僕は静かに通話終了ボタンを押しドラえフォンを机に置いた。

語学研修中の思い出は挙げればキリがない。 学校の授業、ハンガリー人・イラン人・同じ日本人の友達との交流、 学校の先生がやってたロックバンドのライブ、フィッシュ&チップス、街角のパブ、ワンパイントのギネスビール、ピカデリーサーカス、切り裂きジャックナイトツアー、ロンドン塔、ロンドンブリッジ、ウィンザー城、オックスフォード大学、エディンバラ旧市街、アビーロードスタジオ・・・あげればキリがない。

そして僕は先生に頼んで授業を2日ほど欠席させてもらい、ユーロスターを使ってヨーロッパ周遊に行った。 パリ→ブリュッセル→ケルンと回るルートだった。

その旅行は楽しいものになるはずだった。

しかし、僕は花の都・パリで大きな過ちを犯してしまったのだ。

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パリに来たら僕は絶対に行きたい場所があった。 それはルーブル美術館だ。

ミロのヴィーナス、ダヴィンチのモナリザ、スポーツブランドNIKEの由来になったサモトラケのニケ像という最高峰の価値を持つ美術品が収蔵されている世界で一番有名な美術館だ。

僕は美しい絵画・銅像、膨大な数の作品群と館内の広さ、また古代文明遺跡から持ち込まれた貴重な遺品の数々を見て圧倒された。

僕はまばゆいばかりの美を堪能し、またギャラリーの美しい女性達にも魅了されたのか、少しばかり正気を失ってしまったらしかった。

なぜ僕がその時そんな行動に出たのか全くわからない。今考えても理解できないのだが、僕はルーブル美術館のトイレの個室で●ナニ●をしようとしてしまったのだ。

ルーブル美術館のトイレの個室でだ。 実家のトイレや百歩譲って居酒屋のトイレなどでもない。

ルーブル美術館の個室トイレでだ。

よく遺跡に落書きをしてニュースになる人がいるが、そんな比ではない。

全ての美術・芸術に対する冒涜とも受け取られかねない行動である。インターポールが動くレベルだ。

ある意味フランス革命である。

 

大天使ミカエルが頭上に光臨し、意識が薄らいできていた(イキそうになっていた)時、トイレに人が入ってきた。

若い男が用を足しながら談笑しているのを聞いて疑心暗鬼になった僕は「おいトニー、なんか海鮮臭くねぇか? 誰か個室で●ナニ●してるやつでもいるんじゃねぇか?ww ププーwww」

とでも言っているのでないかと恐れおののいた。

「昨日、フランスのルーブル美術館で日本人の大学生(20)がトイレで淫らな行動におよんだとし、パリ警察当局に身柄を拘束されました・・・」というニューステロップの映像が頭をよぎり、僕はすんでの所で思いとどまった。

 

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僕は何食わぬ顔をしてルーブル美術館を後にした。

ルーブルにはあの有名なドラクロワの「民衆を導く自由の女神」が飾られている。

胸のはだけた女性がフランスの国旗を持ちながら、革命の徒を先導する絵だ。

僕はあの時、あの絵の中の革命を志す民衆のひとりだったのだ。

いわゆる一つの革命を起こしてしまうところだった。

本当に思いとどまってよかったと思っている。

理想(使用済みトイペ)のために無駄な血(水)を流す必要などなかったのだ。

こうして僕はパリの美しい風景を心に刻み込んで、次の目的地へ向かう列車に乗り込んだのだった。

 

※本当にすいませんでした 下品きわまりない話で本当に申し訳ありません

要は何もやっていませんという話です

ルーブル美術館は素晴らしかったです。またいつか必ず見に行きたいと思います。

Fin

 

 

 

お一人サマご一行

昔から単独で行動してしまうことが多い。

ひとりで何でもやってしまうのだ。

ふと思い立ったときにすぐ行動するので、人を誘う時間がないのだ。計画性がなさすぎるとも言える。

逆に人を誘って何か面白いことするのは苦手なので、自分から企画することはほとんどない。

基本誘われ待ちである。これは子供のときからそうだった。 自分から友達の家に遊びに誘いにいくことがなく、友達のほうがいつも家に来ていた。

誰もが子供のときに経験している「●●ちゃん、あーそぼ」という台詞は僕は言ったことないかもしれない。

これから「おひとり様エピソード」をあげていこうと思う。

ひとり映画・ひとり美術館は当たり前である。

ひとり映画で一番恥ずかしかったが「ラブアクチュアリー」だ。

いい映画だったが、断じて一人で映画館で見る映画ではない。断じてだ。当時の僕は何がしたかったんだ。

・ひとり海

これも余裕である。 一人でふらっと海を見るために出掛けるのだ。

鎌倉には一人で3、4回くらい行ったであろう。 由比ケ浜→寺社仏閣巡り→大仏見学コースである。お爺ちゃんか。

・ひとり旅

これもよくやる。しかも何の計画もなくふらっと出掛ける。

一昨年、3連休の中日に急に思い立ち金沢に旅行にいった。

しかし思い立って行動したはいいものの金沢に着いた瞬間に風邪を引いた。

熱にうなされながらせっかくの旅先の一夜をビジネスホテルでうんうん唸りながら過ごした。

何しに金沢まで行ったんだ??・・・ だが翌日には復調して兼六園や金沢21世紀美術館を堪能できたのでよかった。

しかし、なんで観光地はカップルばっかなんですか?!怒(当たり前)

なんでぼっちがちょっと居たたまれない気分にならなきゃいけないんじゃい!

「うわーあいつ一人でこんなとこ来てるww ププーw」とか思われなきゃいけないんや!!クソバカップル共が!(実際は誰もそんなこと思っていないと思われる すいません)

・ひとり奥多摩トレッキング

大学2年生の夏ひたすら家にこもってドラクエし、プレイ時間が100時間を超えた頃このままではいけないと思い、唐突に一人で奥多摩にトレッキングに出掛けることにした。

これもやってはいけない。 たまたま前を歩くのが付き合いたての大学生カップルだったりしたら最悪である。 まるで僕がふたりを尾けてるかのような体になってしまったではないか。

自然豊かで人もまばらな奥多摩渓谷で、2組がトレッキングしているのだ。一組は若いカップル、もう一組はドラクエ漬けのぼっちである。

しかし初々しい二人だな・・・・・ん?こっち見てんじゃねぇよ!! さっさと歩けや、後がつかえてんだよ!!

僕は二度と一人で奥多摩には行かない事に決めた。

そして最後、これはまさにリーサルウェポンである。絶対にやってはいけない。

 

・ひとり富士急ハイランド

 

これも大学生の夏休み、僕は唐突にどこかへ行きたいと思った。

その日はバイトもサークルもなく、貴重な夏の一日を無駄に過ごしたくはなかった。

何しよう?どうしよう? 僕の頭の中のインテルマイクロプロセッサがはじき出した答えは富士急だった。

僕は八王子まで行き、特急にのって大月駅から富士急行に乗った。

そしてとうとう富士急ハイランドに着いた。

着いたどー!よぅし来たからにはのりまくってやる!早速フリーパスを購入じゃー!!

まずは今(当時)話題のドドンパに乗ってやるぞー!

 

 

ドドンパは優に二時間待ちの行列だった。

こんな事もあろうかと僕は本を持ってきていた。村上春樹の小説だ。

周りが大学生・高校生のグループで賑やかな中、僕は一人別世界にいた。

村上春樹の虚無的な世界観は孤独の隙間を埋めてくれる。

かれこれ2時間全く話さないまま時が過ぎ去った。

そしてとうとう僕の乗車順が近づいてきた。

ドドンパは並列二人乗りである。当然ひとりで来ている僕の隣は空いている。

案の定大学生のグループの中の一人が僕の隣に座ることになった。

グループの中で一際元気でやんちゃそうなやつが僕の隣に座った瞬間、戸惑ったように押し黙ったのが忘れられない。

あふれでそうな涙を吹き流すようにドドンパはゆっくりと始動し、音速の世界に突入した。

・・・・・いや〜ドドンパすごいスピードだった! 楽しかった〜もう一回乗っちゃおうかな!!

その時、館内放送が富士急に響き渡った。

「当園はあと10分で閉園になります お気をつけてお帰り下さいませ」

真夏の血のように濃い色の夕暮れに、僕の影は長く伸びていった。

溢れ出る汗は抑えきれず、暑さによるものかそれとも別の何かによるものか、僕にはわからなかった。

僕にわかっていたのは2、3時間並んでドドンパに一回乗っただけで、富士急がそろそろ閉園しようとしているという事だけだった。

 

フリーパス・・・・買ったのに・・・・・・

 

帰りの電車に揺られながら今日僕は何を得たのだろうという事をぼんやり考えた。

導きだした答えは、失ったもの(金・時間・誇り)はあったけど、得たものはなかったという結論だった。

強いて得たものと言えば、富士急はすっごい混んでるという事実、遊園地に行くならもっと朝早く出掛けたほうがいいという知識、あと一人ではもう遊園地には絶対行かないという堅い決意だった。

P.S. いつか一人BBQをしてみたい。「ちょwwやばwwww 驚愕www まさかの一人BBQ発見www」とかtwitterで晒されて拡散されるのが夢です。

 

 

おもひでぽろぽろ

家族の僕から見ても、父は変わった人だと思う。

離れて暮らす今は長期の休みくらいしか会わないし、しかもそんなに話す訳でもない。

意固地で頑固、ある意味昭和のオヤジのステレオタイプな感じはあったかもしれない。

父変わってるエピソードを挙げていこう。

まず機械オンチであった。しかもオンチなだけならいいが、わからないと機械に当りだす。

「なんだこれはぁ!!」

いや、なんだこれはじゃないよ、父さん・・・ビデオデッキだよ。

家電に当たり散らす父をなだめて説明書を見ながら配線をするのは僕の役目だった。

たしかに昔のビデオデッキの配線とか複雑だったし説明書もわかりづらかったけどさ・・・ビデオデッキにいくら怒鳴っても何も解決しないよ・・・

そしてやたら動物・自然が好きであった。

父はコンクリートジャングルの企業戦士として日夜働き、癒しを自然界で悠々と生きる動物達の中に見いだしたのかもしれなかった。

自然や動物のドキュメンタリーを(僕が配線した)ビデオに録画してはしょっちゅう見ていた。

特に柳生博さんがナレーションを担当していた「生きもの地球紀行」は父のお気に入りだった。

町田でマンションに住んでいた時は平日夜でも父と弟と三人で蛍光灯に群がる昆虫を捕獲しにいった。 当時10階に住んでいたので10階から一階ずつ降りていって昆虫を捕まえていくのだ。

夜中に蛍光灯に群がる昆虫なんてろくなのがいない。多分蛾とかカナブンとか?何を目当てにしてたのか記憶にないがやたらそれが楽しみだった。 そして昆虫採集を一番楽しみにしていたのが父だった。

今でも記憶に鮮明に刻まれている出来事はある夏の夜に起こった。

父に連れられて夏祭りの縁日に出掛けたのだ。 商店街にたくさんの夜店が出店していてその中に夏の風物詩とも言えるものがあった。

そう、「金魚すくい」だ。

「おっ、masakuroy、金魚すくいがあるぞ! よし父さんがたくさんとってやるぞ〜」

そういって父は網と器を持って金魚すくいを始めた。

順調に父は金魚をすくい挙げていき、上機嫌だった。 「ほら見ろmasakuroy、たくさんとれるぞ〜!ハハハ」

その時出店のお兄さんがいった。 「金魚はひとり3匹まででお願いしまーす」

父の動きがぴたりととまり、お兄さんを凝視して「なんで・・?」と小さな声でいった。

その直後、周りの人が飛び上がるような大声で「なんでーーーーー!!!!」と叫びだしたのだ。

僕は父がなぜそんなに怒りだしたのかわからなかった。金魚が3匹しか捕れないことに何の問題があるのか10歳やそこらの僕の脳みそでは理解するのは難しかった。・・・・・いや、今でもわからないわ。

「どうしたの!?お父さん!! 僕そんなに金魚ほしくないよ!!」僕はほぼ泣きそうだった。

楽しい夏祭りを変な雰囲気にし、我々はその場を立ち去ったのは言うまでもない。

父は電話の取り次ぎもなんかおかしかった。 昔は携帯が普及してなかったので、友達から家電に電話がかかってきてたのだが、土日に父が電話に出るといきなり「masakuroyーーー!!!」と大声で叫びだすのだ。しかも声に迫力があって怖い。

いや、そんな大声じゃなくても聞こえるよ! てか保留押せよ!! 友達驚くだろが!!

・・と常々思っていたものだ。

そのうち僕も大学生となり、父の本棚から勝手に本を拝借しては読んだりしていた。

「カラマーゾフの兄弟」や「戦争と平和」などの名作を取り出しては読みふけったりしていたものだ。

ある日いつものように父の本棚から本を探していると経済書や名作小説に交じって一冊表紙カバーが裏返してある本があった。

「ん?・・・なんだこれ」 おもむろにカバーをとってみた。

 

岩谷テンホーの「みこすり半劇場」だった。

 

・・・岩谷テンホーかよ!! つか中途半端にカバー裏返して隠したりすんなよ!! 逆に恥ずかしいわ!!

その後ちょっと読んだ後そっとカバーを裏返し本棚に元通りに戻したのであった。

 

父との心温まるエピソードには枚挙にいとまがない。

そんな僕も徐々に当時の父の年齢に近づきつつある。

父は変ではあったが、真っすぐで不器用な性格でもあったのかもしれない。

よく子供と遊び、面倒もみてくれたし休みはご飯も作ってくれたりしていた。

自分が将来そんな父親になれるかと思うと、自信もないし何より全く家庭を持つ予定もない。

世の中のお父さんは偉大だし、頑張っているなぁと思う。

いつか父と酒でも飲みながらこんな昔の話をしてみたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

チャンピオンズリーグベスト16 天国と地獄

欧州チャンピオンズリーグが再開し、ベスト16の1stレグが行われた。

ベスト16から胸のときめく対戦カードになった。

スカパーで見る事ができたカードを元に感想を書いていく。

まずチェルシー対パリ・サンジェルマン。

ベスト16屈指の対戦カード。 リーグ戦で無双ぶりを発揮するチェルシーに対して苦しい台所事情でリヨンの後塵を拝すPSG。

パリのパルクドプランスで先制したのはアウェイのチェルシーだった。

テリーのクロスをケーヒルが流してイヴァノビッチのゴール。
全てDFが絡んだ意外なゴールだった。

しかしホームのPSGはイブラヒモビッチ、カバーニが度々チェルシーを危機に陥れた。
2人は常に脅威になっていて、イブラヒモビッチのドリブルで2人かわしてからのシュートはすごかった。 あれが決まっていればゴラッソだっただろう。

そしてバルセロナ対マンチェスターシティ。

昨年に続いてのベスト16での対戦だが、バルセロナのトリデンテ、メッシ・ネイマール・スアレスはやはり別格だった。

メッシのパスがこぼれた所、素早く反応して決めたスアレスのストライカーとしての本能はさすが。
しかもあの状況でゴールの隅を突く正確なコントロールシュートを打てる選手はスアレスしかいないだろう。
2点目を決めたのもスアレスだったが、決定期を演出したのはまたもメッシだ。
ゴールこそなかったもののその動きの質はまさに別次元。一人だけ早送りをしているような動きだった。
遊び心ある動き・相手の逆を突くトラップ、ネイマールの働きも際立っていた。
その3人を支えて衛星のように動きまわる汗かき役ラキティッチの働きも見逃すことはできない。

シティはシルバがスペースを消され思うようにボールを持てず、なかなかリズムを作り出せなかった。

中盤で圧倒的な存在感を発揮するトゥーレ・ヤヤの不在も響いた。
ナスリは頑張っていたし、アグエロもゴールを決め、動きは悪くなかったのだが・・。
この日はバルセロナ、特にメッシの調子が良過ぎた。絶好調の彼を止められるチームは存在しないだろう。

モナコ対アーセナル。

アーセナルはベンゲル監督の古巣モナコにホームで完敗を喫した。
モナコはコンドグビアのミドルがリフレクションした事でややラッキーな先制点。
もともと守備が固いモナコにとっては理想的な試合展開になった。

それにこの日はアーセナルのエース・ジルーの日ではなかった。
ことごとくチャンスを決めることができず、ウォルコットと途中交代。
トッテナム・マンU・フルアムで活躍したポーカーフェイス・キラー、ベルバドフに速攻から2点目を決められ2点差。
オックスレイド=チェンバレンの美しい軌道を描いたミドルでの得点はゴラッソで、反撃ののろしになるかと思われたが、そのチェンバレンのボールロストから途中出場したフェレイラ・カラスコのゴールへのパスのようなコントロールシュートをカウンターから決められ万事休す。
セカンドレグでの逆転は絶望的な状況になってしまった。

試合は見ていないが、アウェイでゴールレスドローのバイエルンは想定内だったのだろうか。
シャフタールはCL常連であり、アリアンツ・アレナでも不気味な存在だろう。

ホームでシメオネ率いるアトレティコを退けたレヴァークーゼン、鬼門のベスト16突破なるか。
ベララビやチャルハノール、活きのいい若手選手が多いチームだ。
アトレティコは古巣復帰したトーレスが溌剌とした動きを見せているので、ビセンテ・カルデロンでのセカンドレグ、ゴールを期待したい。

プロ野球開幕を間近に控えてのにわかファンの考察

今月末とうとうプロ野球が開幕する。

野球はもともとはあまり興味がなかったが、毎年夏甲子園を見に行き始めてから高校野球が好きになり、その流れでプロ野球も好きになった。

やはりプロ野球は日本で最大のプロスポーツだし、スターにも花がある。

メジャーでの高額オファーを蹴って心の故郷・広島に戻ってきた黒田博樹にはなんといっても注目だ。

不惑を迎え、本人も日本復帰の今シーズンが野球人生の集大成のつもりで臨んでいるだろう。

メジャーでも本当に成功し、尊敬を得た数少ない日本人選手である黒田にメジャー挑戦を公言するマエケンや、将来性のある大瀬良や野村が受ける刺激も大きいことだろう。

黒田と同世代のベテラン・新井も帰還し、守備で注目の菊池もいるし、勢いのあるカープが優勝できるとすれば今シーズンなのではないだろうか。

今住んでいる名古屋の地元ドラゴンズにも注目したい。

チームも地味でいまいちパッとせず、4年も名古屋にいるのに一回も名古屋ドームに見に行ったことがない。家からも近いのに・・・

しかし今年はベテランと若手が一体となった伝統的な手堅い野球でもいいから強いドラゴンズを見せてほしい。

又吉・福谷の若手の活躍も目覚ましいし、山井・大野が安定感を保ちここに吉見・浅尾が復活すれば頼もしい。 特に怪我にたたられフォームを取り戻せていない吉見・浅尾が全盛期の勢いを取り戻せば名古屋も盛り上がるだろう。

病気で帰らぬ人となった往年の名選手・大豊のためにたくさんの勝利を捧げてほしいと切に願う。

あと、僕は特定の球団のファンというわけではないんだけど、あえて上げるとすればヤクルトファンなので、爆発的な打線をもちながら投手陣の怪我に泣き最下位に沈んだ真中ヤクルトには頑張ってほしい。

石川・館山・ライアン小川に加え、FAで獲得した成瀬が期待通りの活躍を見せれば上位も夢ではない気がする。 特に成瀬は同い年だし、あのどこまでも伸びていくような、目の覚めるようなまっすぐを見せてほしい。そして神宮にたくさんのビニール傘の舞を届けてほしい。

パリーグはなんといっても松坂を獲得した工藤ソフトバンクに注目したい。

松坂が完全復活して勝ち星を重ねたら面白い。摂津も好きな投手なので頑張ってほしい。

そして女性ファンから絶大な人気を誇るギーダこと柳田・今宮ら若鷹には活躍してほしい。

優勝本命の対抗馬は今シーズンこそ本気で優勝を狙うオリックスだろう。
沢村賞を受賞しメジャー表明し世間を騒がせた金子千尋の残留は大きい。一度は生で見たい投手である。
また金子に次ぐ勝利数を上げた西・セットアッパーの平野にも期待大。

打線ではなんといっても主将・糸井さんだ。 実は糸井さんを新幹線の新横浜ホームで見たことがある。
「ハラ減ったぁ〜」といいながらさっそうと目の前を通り崎陽軒の売店に駆け込んだ糸井さんのかっこよさが未だに脳裏から離れない。 規格外の筋肉・バッティングを見せつけてほしい。
そして宇宙間をネタにボケてほしい。

そして将来のスター・大谷翔平を擁する日本ハムだ。日本人最高球速を更新し、10勝10HRの離れ業をやってのけた大谷が今期どこまで成績を伸ばせるのか否応無しに期待してしまう。
あと成人式の同級生との打ち上げでもキッチリ割り勘をし、報道陣に年俸の使い道を聞かれ「親と相談してから決めます」と答える等身大で朴訥なままの性格でいてほしいと切に願う。

大谷も今期一度は見たい選手だ。 交流戦を狙って名古屋ドームに行くしかない。

今年もアツい季節が始まる。昨年活躍した新人が2年目のジンクスを跳ね返して活躍できるか、また今年も大瀬良やロッテの石川のように望外の活躍をやってのけるルーキーが出てくるのか、興味が尽きない。

長いペナントレースの火ぶたが切っておとされようとしている。

男の髭は諸刃の刃である

私の朝は早いみたいな言い方だが、僕の髭は濃い。

よく九州の人ですか?とか聞かれることもある。

それは多分に顔が濃く、髭が濃いからであろう。

髭というものは難しいものだ。

髭が濃いと毎朝剃らなきゃいけないし、剃ったら剃ったらでじょりじょりしてちょっとかゆくなるし、夕方になったら伸びてくるしで、なにかと面倒くさいのである。

髭が濃いと、ちゃんと毎朝剃っていても上司から「masakuroy、いつ髭剃ったの〜?w」とか冗談で聞かれて適当にあいそ笑いを返すのだが、内心では「そんなに濃いのかな・・志村けんのコントみたいにマジックで書いた感じに青く見えてるのかな・・・」と激しく動揺し若干傷ついているのだ。

全然髭濃くなくて肌つるっつるの人とかうらやましいと思うこともあるし、髭の濃さを隠すために「いやー風邪気味で・・・」とか「いやー早くも花粉症発症しちゃったみたいで!」とかいって伊達マスクをしてしまうこともある。

しかし髭があったほうがいいと思うこともある。

海外では大人の男は髭が濃いほうがダンディーだという風潮もあるし、実際日本人でも髭が濃いほうが男らしい・世界では認められるというイメージがある気がする。

俳優の浅野忠信が好きなので、あのダンディーな髭にあこがれたりする。

長期の休みでは髭を剃らないから結構伸び放題になって「おっなんかちょっと中東の男っぽくなってエキゾチックでいい感じじゃん」とか勝手に思えたりするのだ(周りはむさ苦しいと思ってるかもしれないが)。

髭を最初に意識したのは高校生の時である。

思春期だったので、同世代と比べてなんとなく髭が濃いことが気になりだした僕はなんとかしたかった。

そこで目に飛び込んできたのが「週刊少年ジャンプ」の裏表紙に載っていた「これで君の濃い青ヒゲもピッカピカ!」みたいなコピーの髭脱毛剤だった。

世間しらずだった僕は「これだ!!」と飛びつき早速通販で注文した。たしか7,000円くらいしたと思う。

丹念に塗込んでいくことをしばらく続けたが全然効果は現れなかった。

「だまされた・・・」masakuroy、18歳。 青春のほろ苦い思い出だ。

その後、ヒゲが濃いことへのほの暗いコンプレックスを抱え続けた僕だが、ふとしたきっかけでコペルニクス的発想の転換に至った。

「そうだ・・剃るから濃くなるんじゃね? これ抜いちゃえばいいんじゃないの?」

それから僕は時間があればヒゲを抜くようになった。ピンセントで丹念に抜くこともあれば手で直接抜いてしまうこともあった。

最近はさすがにしないが、手持ち無沙汰になるとヒゲを手で抜いていて、気付くと自分の足下に抜かれたヒゲが大量に散乱していることもしばしばあった。

ヒゲを抜くのはもちろん痛い。しかしコツを覚えれば意外と簡単に抜けるようになる。

まず、ヒゲを抜く前に顔をしっかり洗い、濡らして絞った手拭いを電子レンジに入れて一分。

蒸れてホッカホカの手ぬぐいを手早くヒゲに押しあててしっかりと蒸らす。そうして髭を柔らかくしてからお手元にピンセット、手鏡、抜く髭を落とす台座にティッシュを引けば準備完了だ。

あとはこれから少々の痛みに耐える心の準備さえあれば、ひたすら抜くのみである。

ヒゲを抜くにもポイントがあって、鼻の下の線(人中というらしいです)に生えてるヒゲを抜くのは激痛だし、くちびるとあごの間にあるヒゲを抜くと80%くらいの確率で出血する。

一時期は濃いヒゲになやむ男性向けに「ヒゲセルフピッキングの伝道師」としてセミナーを開催して一儲けしようかなどと妄想したこともあった。

ヒゲを抜くのはよくないと言われることも多いが、デメリットを感じた事はあまりない。

たまにヒゲ抜いた所からばい菌が入ってニキビっぽいのができてしまい、「あれ?鼻の下に米つぶついてるよ?」とか言われたこともあるが、そんなのはご愛嬌だ。

今でも大体週末にはヒゲを抜いている。すると月曜からヒゲを剃るとき肌のノリもいいし、青さもあまり気にならなくなり気分もノってくるのだ。上司からも「masakuroy〜 髭www」などと突っ込まれるリスクも回避できるのである。

たまに週末ヒゲを抜く余裕がなかったりすると「やべ〜今週ヒゲ抜けなかった・・・一週間テンション下がるわ〜」となってしまうくらい大切な儀式なのだ。

でも痛いし、毛穴も傷つくし、髭抜いた後のティッシュの残骸は気持ち悪いので、基本的にやらないにこしたことはない。

青ヒゲ男子の悩みは深いのだ。

 

 

 

 

 

ラジオというメディアから聞こえてくる音楽

寒さもやわらいで少しずつ春の訪れを感じるようになってきた。

しかし、春と同時にやってくる厄介なものもある。

花粉症だ。

一度発症するとほんとに厄介だが、毎年なぜか「今年は俺大丈夫だろう」とか思って病院に行かずに本格的になってから初めて病院いくという・・・

今年は事前にいっとくか。

さて、本題に入ろう。 仕事柄営業車で移動することが多いのだが、移動中は大体ラジオを聞いている。ラジオでは流行っている曲をよく流すので、新曲をすぐ覚えることができる。

その中で最近「この曲いいなぁ」と思ったものがいくつかあったのであげてみる。

バックナンバー/ヒロイン

バックナンバーってメロディはいいなぁと前から思ってて、歌詞とか曲のテーマがあんまり好きじゃなかったんだけど、この曲はすごい好き。 何よりこの人達はメロディセンスが素晴らしい。サビの前の導入の「きみの街まで〜・・・」の部分とか鳥肌がたつほど琴線に触れる。こういうメロディが作れるのって天性の才能だと思う。

冬にぴったりの名曲ですね。

家入レオ/miss you

ほんと歌うまいなぁ〜と思いましたね。切ない感情を歌い上げる家入レオの歌唱力と表現力に脱帽。 家入レオちゃんみたいなつんとした顔、結構好きです。

Beck/ Morning Phase

グラミー賞を受賞したベックのモーニングフェイズ。

静かで落ち着いたアルバムだけど、スルメのように味がでる作品。

アコースティックでルーツミュージックのようでもあり、アメリカの伝統的な音楽のような印象も受けるんだけど、やっぱりベック流に絶妙にひねってある音楽なんだよね。やっぱりどこを切り取ってもベックの音楽というか。 この人の引き出しの多さにはほんとに驚かされる。個人的には一曲目のCycleが凄い好き。

こういうインディー/オルタナ色が強いアーティストがグラミー賞とるっていうのは、インディーロックファンにはたまらない。

しかしラジオって、いいメディアですね。

それでは、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

グレートギャッツビー

今日は接待だった。

さっきようやく終わって帰ってきた・・・

接待って疲れますよね・・・

最近変わらなきゃなぁと思うことが多い。

というのも3ヶ月後には30歳になるからだ。

20代で甘えが許される訳ではないけど、どこか「まだ若い」という部分で甘えがあったと思う。

それが30代になって20代とスタンスが変わらなかったら非常に恥ずかしいんじゃないかと感じることがある。

30って立派な大人だし、子供みたいな事を言っている年齢じゃないし。

30代にふさわしい大人のたしなみも身につけたいし、30である事を積極的に楽しみたい。

30代をどう過ごすかでその後の人生の充実度が変わってくる気がする。

自分の弱い部分から目を背けて逃げたくなる事もあるけど、目の前の難題にも正面から向き合って「やってやるわ」とかもがいて突っ走る方がかっこいい大人になれる気がする・・・とか言ってみたり・・・

有吉さんみたいにどん底でチャンスを窺って、もがき続けて40前でブレイクスルーするとか、めっちゃ格好いいですね。憧れる。

30歳という年齢を考える時に、大学の時に読んだ小説がなぜかいつも頭に浮かんでくる。

グレートギャッツビーという小説だ。 内容あんまり覚えてないんだけど、小説のラストに主人公がアメリカのセレブ的社交生活に疲れて砂浜で座りながら「今日僕は30歳になった。青春が終わったのだ。」とかなんとかつぶやくシーンがずっと頭の中に残っているのだ。

「三十歳-それが約束するのはこれからの孤独な十年間だ。交際する独身の友人の リストは短いものになっていくだろう。情熱を詰めた書類鞄は次第に薄くなり、髪 だって乏しくなっていくだろう」

村上春樹も訳をしているし、30歳を前にもう一度読み直してみたいな。